宇宙飛行最悪の悲劇、
アポロ1号の追憶

20050604日号
今日の
NASA宇宙画像
ホーム サイト・マップ 公開カレンダー 今日の地球画像 NASA情報
科学情報 ROSWELL お知らせ他 五行歌 心と体の宇宙
ここは、ホーム -> カレンダー -> 今日の宇宙画像 です。
   RSS設定版
項目 宇宙論
主題 シャトル
The Apollo 1 tragedy
Credit : NASA/ KFC
Explanation
One of the worst tragedies in the history of spaceflight occurred on January 27, 1967 when the crew of Gus Grissom, Ed White, and Roger Chaffee were killed in a fire in the Apollo Command Module during a preflight test at Cape Canaveral. They were training for the first crewed Apollo flight, an Earth orbiting mission scheduled to be launched on 21 February. They were taking part in a "plugs-out" test, in which the Command Module was mounted on the Saturn 1B on the launch pad just as it would be for the actual launch, but the Saturn 1B was not fueled. The plan was to go through an entire countdown sequence.
 今日の宇宙画像は、昨日号で取り上げた最初の宇宙遊泳者エドワード・ホワイト宇宙飛行士の命を奪ったアポロ1号の悲劇です。
 NASAでは、今日のアポロ1号の悲劇にもかかわらず、シャトル飛行任務では、チャレンジャー号、コロンビア号と経験豊富で優秀な宇宙飛行士たちを失っています。
 今年の夏には、遅れているシャトル飛行が再開されることでしょう。
 シャトルでは、打ち上げ直後、大気圏への再突入直後と魔の飛行時間の事故に遭遇しました。
 これからも引き続く宇宙飛行では、悲劇の無い切望を離すことなく計画を保持することでしょう。

 2005年 6月7日 t.sasaki
アポロ1号の悲劇
Credit : NASA/ KFC
画像の説明
 ガス・グリッサム、エドワード・ホワイト、ロジャー・チャフィーの乗組員が、ケープカナヴェラルでの飛行前のテストの間に、アポロ司令船の中で火事で命を奪われたとき、宇宙飛行の歴史において最悪の悲劇の1つが1967年1月27日に起こりました。
 彼らは、最初の乗組員を乗せるアポロ飛行に備えてトレーニングしていました。そして、地球を周回する飛行任務は、2月21日に打ち上げられる予定でした。
 司令船は、実際の発射としてちょうどその時、発射台でサターン1B上に搭載されて、彼らは「プラグアウト」テストに参加していましたけれども、サターン1Bには燃料が供給されていませんでした。
 計画は、カウントダウン・シーケンス全体を通して行うことになっていました。


国語 英和・和英 すべての辞書

 宇宙船のハッチは、内部の圧力で閉じられ、また保持されていました。

 そして、ハッチは、外の気圧より高くて、ハッチを開ける前に、宇宙船司令室からの圧力排出を必要としていました。

 ハッチを理想的な状況の下で開けるには、少なくとも90秒を必要としました。

 船室が、テストのために標準圧力で純粋な酸素空気で満たされていて、全ての物質に酸素が浸透する多くの時間が船室にあったので、火は、急速に広がりました。

 それ故に、宇宙飛行士にはハッチを開ける時間も機会もありませんでした。

 近くの技術者が、ハッチを開けようと近づきましたけれども、熱と煙によって何度も追い返されました。

 彼らが、火災後のおよそ5分でハッチを開くことに成功する頃には、宇宙飛行士は、既に死亡していました。

 それは、おそらく、煙の吸入と火傷によって、火災発生直後の30秒の範囲内で襲ったことでしょう。

Credit: NASA/ KFC / NASM

 徹底的な事故調査が行われた一方、アポロ計画は、保持し続けられました。

 最も可能性が強い原因として、左側とちょうどグリッサムの席の前で流れていた多くのワイヤー内のショートによる電気火花と結論されました。

 酸素環境における船室内の多数の可燃性物質の量が、火災を起こすと共に急速に広がらせました。

 多くの変更点が、その後の一年半にわたってプログラムに組み込まれました。

 それらの中には、ハッチが外で開けることができると共に素早く操作できる新しいハッチの設計が、当然のごとく含まれました。

Credit: NASA/ KFC / NASM

 また、可燃性の物質の多くを取り除き、それを自己消火性部品と取り替えることも行われました。

 さらには、発射で窒素と酸素の混合剤を使うことになりました。

 そして、全ての変更点が記録され、宇宙船の全ての修正を見渡すことで、より厳格な設計につなげました。


 1967年1月27日金曜日の午後1時に、宇宙飛行士はテストを開始するために発射台34上でアポロ1号指令船に入りました。

 多くの危険を伴わない問題が生じていて、かなり、テストが延期されていました。最終的に、通信での故障は、午後5時40分に秒読みの停止を強制しました。

 午後6時31分に、宇宙飛行士の1人、たぶんチャフィーが、「火災、炎の臭いがする」と報告しました。

 「コックピットに火が点いた」と、2秒後にホワイトが叫ぶのが聞こえました。

 炎は、秒単位の瞬く間に船室中至る所に広がりました。

 最後の乗組員との通信は、火災発生後、17秒で途切れ、続いて全ての遠隔測定を失いました。

 アポロ・ハッチは、中で開くことができるだけで、逆転防止歯止め装置による操作の必要があった多くのかんぬきによって閉じられ固定されていました。

Credit: NASA/ KFC / NASM

 一般にアポロ1号と呼ばれる飛行任務は、元々アポロ204と称されていましたけれども、グリッサム、ホワイト、チャフィーの果敢なる宇宙飛行士達に敬意を表して公式に「アポロ1号」と名称が指定されました。

 1967年11月の無人の最初のサターンV打ち上げは、アポロ4と称されました。しかし、飛行任務は、決してアポロ2号または3号と称させられませんでした。

 アポロ1号司令船カプセル012は、囲いの中に入れられて、事故の後、徹底的な調査研究が行われ、それからNASAのラングリー・リサーチセンターで貯蔵施設に格納されました。

 悲劇の結果としてアポロ司令船で得られた変更点は、アポロ13号を除いて、ほとんど当り前のように月への複雑で危険な旅行を助けた非常に信頼できる船に結びつきました。

 アポロ計画の最終的な成功は、ガス・グリッサム、エドワード・ホワイト、ロジャー・チェイフィーに対する敬意でもあり、3人の優秀な宇宙飛行士の悲劇による喪失が無駄でなかったことの結実でもありました。

Credit: NASA/ KFC / NASM
ホー サイト・マップ 公開カレンダー 今日の地球画像 NASA情報
科学情報 ROSWELL お知らせ他 五行歌 心と体の宇宙

今日の宇宙画像関連検索
 
 Google   
 今日の関連検索は、そのまま検索ボタンをクリックします。
  今日の宇宙画像 2003年9月1日以降で検索
  今日の宇宙画像 
2003年8月31日以前で検索
  惑星テラ見聞録全体とWWWで検索
このページは、ホーム -> カレンダー -> 今日の宇宙画像 です。
今月の公開カレンダーに移動します。    前日のページに移動します。    翌日またはその月の公開カレンダーに移動します。
惑星テラ見聞録  Planet Terra Memoirs
         
 3D立体画像の付録です。交差法で立体的に見るには、左右の画像の中間(画像下の真ん中の黒点の上)に両目の焦点を合わせます。いわゆる、寄り目にします。平行法で立体的に見るには、左右のそれぞれの画像の下にある黒点の上の真ん中あたりに視線を持っていきます。このときには、両方の画像が、ぼんやりと見えるように画面をつき抜いてその先に焦点を当てるつもりで見ます。ほとんどを交差法にしています。平行法で見たい方は、画像をコピーして左右の画像を入れ替えてください。2002年4月30日ページに立体視の方法について掲載しています。
サイト編成の参考にリンク元を抽出しています。
惑星テラ見聞録 訪問者数の概計
2003年01月01日からの
宇宙画像 訪問者数の概計